一玄和尚のおはなしコーナーです

毎月24日の「おねがい地蔵の日」の法話から、また、
世話人さんや御参りの方々との
立ち話からなど、様々な内容の話を順次掲載します。


お盆ってなーに?
 
夏の風物詩といえばいろいろありますが、何でも省略化・簡素化されてしまった現代の日本でも、お盆は多くのご家庭で大事にされている行事ではないでしょうか。それは年に一回にせよ、私たちの心に先祖(ルーツ)を思い起こさせる、日本人としておろそかに出来ないものだからでしょう。生まれ故郷に帰り、浴衣姿で盆踊りに興じ、旧知の友と思い出話に花を咲かせる....心のルーツに帰ることができる時ですね。
 
お盆は盂蘭盆(うらばんな)から変じたことばです。盂蘭盆の起源はお釈迦様のお弟子さん、目連尊者が天眼通(あの世を見通す神通力)で餓鬼地獄で苦しんでいる自分の亡母の姿を見たことに始まります。目連尊者の母は食事を手に取り口に運ぶのですが、それは火と変じて食べることができません。ガリガリにやせ衰えている亡母の姿に嘆き悲しんだ目連尊者はお釈迦様に相談しました。

「どうしたら、地獄で苦しむ母を救えるでしょうか、教えてください」

お釈迦様は静かに答えました。

「いかに知恵、神通力を備えた尊候であっても、また山神、鬼神といえども、今世において罪を犯した者を救うことは難しい。しかし、多くの僧侶の力を借り、苦しむ者すべてを供養するのならばそれは可能である。そのためには、先ず自分の父母に感謝せよ、そして7代前に遡って先祖を供養することである。僧侶の雨安居の修行が終わる7月15日に僧侶達に食事を施すがよい。そうすれば先祖は苦しみから脱することができるであろう」

このお釈迦様の言葉を聞き、目連尊者は涙を流して喜びました。お釈迦様の言葉通りに7月15日に百味のご馳走を供えたところ、
目連尊者の亡母をはじめ餓鬼地獄で苦しむ者は救われました。

この話が元となり、盂蘭盆会(うらぼんえ)つまりお盆として今に伝わっているのです。大切な祖先の御霊に対して感謝の心を持って行う大切な行事です。
 
余談ですが、お盆の棚経に回っていて、あるお宅でお盆の意味について上記の話をしたところ「うちの先祖は地獄に落ちて苦しんでいるのですか?そんなに悪いことをしたのでしょうか?」と真顔で聞かれて困ったことがありました。

人間は決して完全な存在ではなく、我々は動植物の生命によって生かされていますし、無意識のうちに罪深いことをしているかもしれません。目連尊者はお釈迦様の素晴らしい弟子であり、その方の母親ならもっと素晴らしいかと思いますが、そうではなくて苦しんでおられたのですからね。
 
上記のような話は非現実的で不適切であると言われる方があるのですが、古来より言い継がれていることをそれはそれで受け容れる器を持つことは必要だと思います。皆さんはどう考えますか?

下にお盆棚の祀りかたをご紹介します。各地方、ご家庭によって祀り方は異なるかと思われますので、各自ご自分で出来ることをなさればよろしいかと思います。

この「お盆棚の祀りかた」は曹洞宗宗務庁出版部より許可を得て掲載しています。


                                                  一玄 合掌
                                       
         
                                
                   平成17年7月1日
お盆棚の祀り方

                    曹洞宗宗報、平成17年6月号付録より転写
                            曹洞宗宗務庁出版部より転写許可済み