一玄和尚のおはなしコーナーです
毎月24日の「おねがい地蔵の日」の法話から、また,
世話人さんや御参りの方々との
立ち話からなど、様々な内容の話を順次掲載します。



笑顔
先日私は東京へ行きました。 名古屋から東京まで新幹線で2時間程度で移動が可能ですから、まあ気楽な旅になったものです。

午後3時台でウィークデーでしたので、指定席を取る事もないと自由席の乗り場に並んでいましたが、これが結構混んでいて座れそうもない。どうしたものかな、指定券を買おうかなと思案していました。そこへ2人の男性が来ました。お一人は歳の頃は30歳くらいでしょうか。目がご不自由で、杖をついています。連れの男性が私に、自分は送りにきただけなので、この方を車内まで案内して下さいと頼んで帰られました。

ホームに並んでいた方々は私とこの方を最前列に並ばせてくれました。しかし「ひかり」は満席で座れません。それを伝えると、慣れているから立っていても構いませんとの返事。健常者の私でさえ車両が揺れればオットット、ということがありますから、これは何とかしなければならないと思いました。

そこへ現れたのが -- 現れるのが仕事ですから当たり前なんですが -- 車掌さん。これこれの事情で、私は連れではないのですが、この方に何とか座席を手配していただけないか、と頼みました。この車掌さんが良い方で、手を尽くして席を見つけてくださったのです。同行者ではない、と云いましたが、私の席も用意してくれました。

座ることができたので、ほっとして四方山話をこの方としていました。やがて富士山が見えてきました。夕方の富士山はこれまた穏やかな姿をしていいものです。

「いやー、きれいな富士ですね」、私はそう言ってからハッとしました。相手の方は目が不自由です。「すみません、ついうっかり。失礼しました。」ところが彼はにっこりと笑って、「いえいえ、気にしないで下さい。慣れています。」とおっしゃってくださったのです。その時の「にっこり」がなんとも屈託の無い、自然な笑顔なのです。生まれながらにご不自由とのことで、生まれてこのかた物を見たことがない、ということは誰の笑顔も見たことが無い訳です。笑い方は誰も教えてくれませんね。それなのに、こんな素晴らしい笑顔が自然にできる。私は感動しました。

笑顔は神が、仏が、誰かれの分け隔てなく与えて下さったプレゼントなのですね。それを私たちは出し惜しみしていませんか。笑ったらソン、なんて顔をしている人のなんと多いこと。こう云う私も笑顔が得意という訳ではありません。

和顔愛語(わげんあいご) ーー 笑みを湛えた柔和な顔に優しい言葉。これは難解な禅語の中では最も分り易く、また馴染み易く、実行が可能な言葉でしょう。私自身にも言い聞かせながら、
       
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和顔愛語

を実行しましょう。


                                              一玄 合掌                                      
         

                                                  平成15年12月22日