私はマザーテレサにお会いしたことがあります。いいえ、勿論正式に謁見した訳ではありません。
今から10年位前、僧侶になる以前のことですが、私は旅行関連の仕事に携わっており、仕事仲間のO氏とバンコク空港で午前10時半発の東京への便を待っていました。
皆様ご存知の事と思いますが、バンコクはアジアの中でも有数の航空便が多く発着する空港です。タイ語、中国語、英語やらフランス語が混ざり合って空港内を渦巻き、ピンポーンピンポーンと搭乗便の案内放送がひっきりなしに流れています。
我々の搭乗便の受付けにはいささか時間があるので、そんな混沌とした空港内を友人とぶらぶらしていました。これから搭乗する人、到着したばかりの人、送迎の人が入り乱れ、ヨーロッパ系・中国系・いろの浅黒いインド系の人々と国際色豊か、また服装にしても袖なしのティーシャツから厚手のコート姿まで、出発国・行き先の国によりさまざまです。
そんな中、ひらりと動く白っぽい布を纏った人たちがいました。キリスト教のシスターです。そのうちの一人、車椅子に座った方のお顔はどこかで見たことがあるのです。深いしわに刻まれてはいますが、優しさに満ちたお顔、素足には皮ひもで縛る粗末なサンダルを履いています。
人生すべてを貧しい人々のために尽くし、全世界のひとびとからマザーと慕われているあの方に違いありません。この広い空港の中にはひしめきあう沢山の人がいるのに、私達以外誰一人としてこの方がそうであると気が付いていない様子なのです。信じられない心地で若いシスターに近づいて聞きました。 「あのー、この方はマザーテレサではないですか?」「はい、そうです。」
マザーテレサの全身には何か特別な雰囲気が漂っています。よくいわれるオーラというものでしょうか。知らぬ間に私は床に跪き、直接話し掛けてしまいました。「大変光栄です、マザーテレサ。些少ですが、寄付をさせていただけますか?」あまり英語が得意でない私はそれを言うのが精々でした。
「それはご親切にありがとうございます。貧しい方々のために有効に使います。」旅の終わりの財布には余りお金が残っていませんし、給料日までにまだ何日かあります。しかし私は思わず1万円を渡してしまいました。O氏も1万円を渡しました。マザーテレサは私達の手を両手で代わる代わる力強く握り締め、名刺大のカードに「God
bless you -- 神のみ恵みがあらんことを」と書き、サインをして下さいました。
何人かのキリスト教徒の友人にこの話をし、またこのカードを見せると決まって羨ましがられます。カードを頂戴!とも半ば本気でいわれます。
私は仏教の僧侶になりましたが、このカードは私の宝物であることには変わりがないのです。
一玄 合掌
平成15年12月29日
|